FC2ブログ
こころのふるさと・京都の魅力と歳時記
京都の「和」と「癒し」を感じられる話題を取り上げます。旬の先取り情報やおとくな情報や小ネタのブログです。

 このブログで、京都の魅力や旬の行事、日々の京都の様子をお伝えしています。

     一周年を向かえデザインをリニュアルしました
    ☆ 下のボタンを押せば「お気に入り」に登録できます ☆

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
方広寺:豊臣伝説
京都には豊臣秀吉ゆかりの場所がたくさんあります。その一つがこの方広寺です。
方広寺は、豊臣秀吉が造立した大黒尊天を祀る寺です。小さなお寺ですが豊臣家にとっては非常に意味深い場所です。

(大仏伝説)
記録では秀吉が東大寺にならって木製の大仏殿を造らせたようですが、1596年に伏見大地震のため大仏は倒壊したそうです。その後豊臣秀頼によって再興された大仏殿は1798年に落雷による火災で大仏もろとも焼失してしまい、今日に至っています。この寺は大仏殿の中心部分にあたります。
2000年に発掘調査が実施されました。その結果、規模は南北約90m東西約55m、大仏の全高18mという東大寺大仏殿をもしのぐ壮大さであったことが確認されました。
現在は本殿から東、少々離れたところに『大仏殿跡緑地公園』としてその名を残しています。

(豊臣家滅亡のきっかけをつくった鐘)
この寺の大鐘には、「国家安康・君臣豊楽」の文字が刻まれています。これが「家康の名を2分して国安らかに豊臣を君として子孫繁栄を楽しむ」意味だと、家康を怒らせたことで、大阪冬の陣が起きるきっかけとなりました。そして夏の陣に至り豊臣家は滅亡することになりました。

住所: 東山区大和大路正面茶屋町(豊国神社隣接)
方広寺・大仏碑 方広寺・鐘 方広寺・鐘文字
<関連記事>
 当ブログ内、高台寺の記事
 当ブログ内、豊国神社の記事





テーマ:京都 - ジャンル:地域情報

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 こころのふるさと・京都の魅力と歳時記 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. | Template by Gpapa.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。